やまと競艇学校の募集要項が変わった2009年春入学組の106期生として注目を集めた1人である小坂宗司は遅咲きのルーキーとして話題になりました。そんな彼の功績を見ていきましょう。
元理学療法士のレーサー小坂宗司って?生年月日や出身地、レーサーになったきっかけは?
小坂 宗司は1980年12月31日生まれで大阪府出身の競艇選手です。
身長は167センチ、体重は52キロ、血液型はAB型、所属支部は大阪で、2018年現在は37歳です。第106期生として登録、登録番号は4593、現在の級別はA2級です。
師匠として繁野谷 圭介がいます。
前職は理学療法士だった
小坂 宗司は第10回賞金王決定戦競走優勝戦を見て感動したことをきっかけに、高校生の頃からボートレーサーを目指していたのですが、当時の入学試験では合格することが出来ず、一度は夢をあきらめてしまいました。
その後、理学療法士を目指し、大阪府枚方市にある向山病院という大学病院で働いていましたがとある一報を受けた事で、その人生を変える事になります。
2008年に転機が訪れる
やまと競艇学校の受験資格と入学条件が変更となり、レーシック手術による視力補正が認められたこと、また年齢制限の引き上げなどによって再び受験資格を得ることが出来た小坂 宗司は再び夢をかなえる為にまい進します。
1700人にも及んだ応募者から選ばれた40人の精鋭として106期生として入学することになりました。
婚約者との結婚を先送りに
理学療法士として大学病院で働いていた時に、同病院で知り合った嘉茂由紀子さんとは当時婚約関係にありました。
小坂 宗司はプロポーズの直後にやまと学校への入学を決意してしまったことで、結婚の延期をすることになってしまいます。
この時、嘉茂由紀子さんはプロポーズ直後の結婚延期に不安と戸惑いを感じずにはいられなかったといいます。
ザ・ノンフィクションに取り上げられる。
1995年10月15日からフジテレビで放送されている日本のドキュメンタリー番組である、ザ・ノンフィクションにて、やまと学校第106期生が取り上げられ、その際に小坂宗司はテレビに出演します。
この際に、婚約者との当時の関係を垣間見ることが出来ました。
嘉茂由紀子さんいわく
『小坂君はやまと学校を自分は受けたいっていうけど私は将来に不安があるわけじゃないですか』
『受験資格を得たことで夢をかなえられる!とテンションの高い小坂君とお先真っ暗な私の間で結構喧嘩しました。』
『私は待ってるとも言わないし、1年間遠距離恋愛が出来なかったら、ダメになるけど、それでもいいのね?』
と話をしたと言います。
また、この時の心境を小坂 宗司はこう語りました。
『理学療法士をしてて、競艇選手を目指せるってなった時に、もう、迷い自体が無かったんですね。
本当は迷わないと婚約者にも悪いんですけど、とにかくなりたいという気持ちでいっぱいで迷いはなかった。』
高校生の時にどうしても叶えられなかった夢をもう一度実現できるかもしれないということを知った時に、全てを投げ捨ててでもという大きな決意があったんですね。
尚、その後お二人はご結婚なされ、二人の子供に恵まれています。
デビューは2010年、29歳
やまと競艇学校の以前の受験資格は14歳以上21歳未満だったことから29歳でデビューというのは、当時考えられない事でした。ある意味、新やまと学校の第1期生のような感じだったんですね。
そんな彼は第106期卒業記念競走では2着と大健闘、その後プロデビューからの成績を追っていきましょう。
2010年5月10日にデビュー戦を飾る。
住之江競艇場で開催された一般レース『WEB競艇TV杯』の2R目にて、6号艇でデビューをしました。
この時の結果は、4着でしたが、初戦6着レーサーも多い中、大きく健闘いたしました。
初勝利は20戦目のこと
2010年6月9日から丸亀競艇場で開催となった一般戦サッポロビールカップ2010に出場し、6月13日の1Rにて初勝利を飾ります。4号艇から出場、決まり手は抜きでした。
また、同日5Rにおいても、6号艇出走にてまくり差しを決め、連勝を記録します。
初のG3勝利は2011年
順調に成績を上げ、B1級へと昇格した2011年の10月14日から住之江競艇場にて開催されたサンケイスポーツ旗争奪第40回飛龍賞競走の2日目、3R予選にて初めてのG3勝利を達成します。
4号艇で出走、この時の決まり手は差しでした。
初のG3優出は2013年
2013年2月21日から平和島競艇場で開催されたG3新鋭リーグ第11戦にて初めて優勝戦に出場いたします。
6号艇からの出走で、結果は6着でした。
初のG1出走も2013年
着々と級別を上げ、A2となり、2013年9月18日に桐生競艇場で開催された第28回新鋭王座決定戦にて初めてのG1レース出場を果たします。
初日8R予選にて、6号艇出走、結果は6着でした。
初のG2出走と勝利は2018年
2018年4月10日から常滑競艇場で開催されたG2モーターボート大賞〜昭和VS平成〜にて初めてG2レースに出場します。この時には1着を取ることが出来ませんでしたが、同年5月15日からびわこ競艇場で開催されたG2びわこモーターボート大賞の5日目3R一般戦にてG2初勝利を飾ります。
2号艇にて出場、決まり手はまくりにて見事1着となりました。
目標はSG優勝
やまと学校の受験資格が改訂された初めての106期生であることから、2010年、29歳にてデビューということで、それ以前の選手と比べると同年代とキャリアが10年以上の差になってしまっています。
その為、否が応でも現役として活躍できる期間が短くなってしまった小坂宗司ですが、目標はもちろん、SGの優勝です。
※画像は小坂宗司が掲げていた目標です。
同期にもSG・G1・G2優勝者がいない
同期の106期生の中でもトップレーサーと言えるのは岩瀬裕亮ですが、彼が唯一SGでの出場経験があり、1着が2回、SG優出の経験はありません。
対する小坂宗司ですが、実は一般レースでも優勝経験はなく、SG出場はおろか、最高でもG3優出がやっとのところです。
級別は徐々に昇格していますが、まだまだ手が届かないというのが現実ではあります。
その為、一般とG3の優勝経験者は居てもSG、G1、G2の優勝者というのは登録106期にはまだいないんですよね。
1980年生まれのSG優勝者もいない
やまと競艇学校の旧受験資格での入学の場合、同年代と言えるのが、87~89期生となりますが、その中にはSG優出経験の選手はいても、SG優勝者というのは存在していません。
年齢の近いSG優勝者としては、90期生には吉田拡郎、そして、あの石野貴之がいます。
キャリアの差を考えても、SG優勝というのは非常に難しいという事がわかると思います。
106期生以降にもSG優勝者はいない
やまと競艇学校規則改定後となる、ある意味新1期生の106期生以降、現122期生に至っても、実はSG優勝者というのは存在していません。
小坂宗司の掲げるSG優勝というのはとてつもなくハードルが高く、SG優勝者というのは大変な偉業を成し遂げているとも言えますね。
遅咲きのルーキーでも諦めることはない
過去のSG優勝で偉業を成し遂げた人物と言えば…
SGの最年少優勝となったのは、服部幸男の21歳9か月で、デビューから最短のSG優勝は今村豊の3年という記録が残されており、遅咲きのルーキーだからと言って諦めることはないと言えます。
一度は夢を諦めかけてしまった小坂宗司でしたが、理学療法士を蹴ってまで競艇選手となった事、この不屈の精神があれば、いつか必ずSG優勝も可能だろうと思います。
師匠である繁野谷からの教え
小坂宗司には師匠となる人物がいます。
登録番号3915の繁野谷圭介です。
『ダッシュ戦でも着を獲れるように』
とデビューから6期間、4コースから外コースで腕を磨かせ、今では立派に師匠の指導通りの走りを身につけました。
SG優勝の夢は師弟の悲願の夢とも言えること、頑張ってほしいですよね。
まとめ
ボートレース界の新たなる一歩とも言える記念すべき106期生となった小坂宗司の現在の級別はA2級です。注目と期待の集まる106期生だからこそ、A1級となればSGボートレース オールスター(BOAT RACE ALL STARS)でのファン投票で出場チャンスも巡ってくるかもしれません。
未だ優勝経験はないものの、着実に成績を収めてはいますので、夢を絶対に諦めないという姿勢を今後も貫き、悲願のタイトル奪取に向けて頑張ってほしいです。