山田康二は2019年が飛躍の年と期待されています。山田康二とは一体どんな選手何でしょうか?
競艇選手の山田康二ってどんな人?
トップレーサーの峰竜太を師匠とする『峰ファミリー』の一員で、豪快ターンと巧みな差し技でファンを魅了し、昨年に唐津ダイヤモンドカップにて優勝し、2019年の活躍が期待できるボートレーサーです。
生年月日や出身地
山田康二(やまだこうじ)は1987年12月26日生まれで佐賀県出身、佐賀支部所属の競艇選手です。
身長は167cm、体重は55kgで、血液型はO型、2019年1月時点では31歳です。
第102期として登録、登録番号は4500、級別はA1級で、師匠に峰竜太、同期に前田将太、上野真之介、桑原悠がいます。
競艇選手になったきっかけは?
幼い頃からの夢だったということですが、幼少期にどのように競艇と接点があったのかというのはわかりませんでした。
ただ、出身が佐賀県ということで、地元のボートレースからつに行く機会があったのかもしれないですね。
ボートレーサーとしての目標
1番になることです、と語っています。
割と曖昧ではありますが、競艇で1番というと、やはり年間の賞金王にはなってほしいですよね。
過去のスポーツ経験
バスケット経験があるようですが、高身長というわけではないので、ガード辺りをやっていたのかな?というイメージですね。
運動神経の良さはうかがえます。
趣味や特技など
ダーツ、ビリヤード、スノーボード、ドライブ、旅行、キャンプが好きなようです。
公式twitter
2011年6月から開設されていて、現在はあまり呟いていませんが、競艇のことだけのみならず、日々のことをつらつらと書き記していました。
ざっくりと遡って見た感じだと、すごくいい子だなって感じがひしひしと伝わってきます。
ファンクラブにはしっかりと顔を出してくれるあたり、ファンサービスもしっかりしていて非常に好感度が高いですね。
結婚はしている?
調べてみても正確な情報は出てこなかったのですが、ツイッター上では、2014年に家族や愛娘という言葉が出てきているので、恐らく結婚をしていてお子さんがいるのだと思います。
山田康二のレーススタイルと特徴
豪快なターンと巧みな差し技によるレースセンスの良さに加えて、整備と調整に独自の方法論を持っているのが特徴です。
モーターの良し悪しに左右されづらく、機力劣勢という状況があまりありません。
3年半でA1に定着してから現在まで1度も降格はしておらず、また、2017年、遂にプロペラ調整の真骨頂を手にしたと話し、近年の成績が目覚ましく、73.9%という驚異的な3連対率を誇っています。
山田康二の競艇選手としての成績
やまと競艇学校時代の成績は、リーグ勝率6.59 準優出6 優出5 優勝1 卒業記念競走優出(2着)でした。
102期の中ではデビュー期に最も1着を獲得するなど非凡な才能を魅せています。
2008年にプロデビューを飾る
2008年5月7日に地元唐津競艇場で開催された日本財団会長杯にてデビュー戦を飾り、初戦となる初日1Rで3着、10日の5走目にて早くも初勝利をあげると、更にその翌日には準優出を果たしました。
また、2009年にはG3モーターボート大賞トライアルにデビューからわずか11カ月という異例の出場を果たし、大きく注目を集めました。
初優出は2010年
デビュー直後からかなりの期待を寄せられてはいましたが、早々に優勝という所には手が届かず、B1級に昇格を果たしていますが、初優出となったのは2010年8月4日から徳山競艇場で開催されたデイリースポーツ杯S − 1グランプリでした。
惜しくも優勝を逃していますが堂々の2着という結果でした。
初優勝を飾る前にG1初出場
成績を積み上げて、A2級に昇格した2011年は1月25日から宮島競艇場で開催されたG1共同通信会社杯第25回新鋭王座決定戦にてG1初出場を記録します。
勝利はお預けとなりましたが、初戦では3着を記録しています。
ただ、2戦目で転覆してしまい途中帰郷となってしまいました。
初優勝は一般戦ではなくG3
2011年8月23日から丸亀競艇場で開催されたG3’11新鋭リーグ戦競走第13戦にてついに初優勝を手にしました。
1号艇1コースからのトップスターとそのままに、素晴らしい逃げで他を寄せ付けない見事な走りでした。
G1初勝利も2011年に記録
2011年9月1日から鳴門競艇場で開催されたG1大渦大賞開発72周年記念競走初日1RでG1初勝利を手にしました。
6号艇から6コースからの抜きという素晴らしい勝利となりました。
また3走目では、2コースからの差しで1着を手にしたのですが、この時に一緒に出走していたのが、あの絶対王者である松井繁だったことでファンを驚かせ、勢いそのままに準優出も果たしました。
こうして目覚ましい活躍を見せた2011年は師匠の峰竜太と共に新人王に選ばれました。
波乱万丈の2012年
爆発的な注目を集めた2011年の新人王として参戦した2012年の新鋭王座決定戦では2走目で不良航法を取られるなどして予選落ちを喫してしまいます。
その後、新鋭リーグでは2度目の優勝を手にしますが、8月の平和島では痛恨の優勝戦でのフライング、更に9月の新鋭王座決定戦では予選最終走で妨害失格を取られる等、前年の精彩を欠くような結果に終わってしまいました。
とはいえ、A1級から降格するということは無く、優勝は3回、着順成績、勝率は安定していました。
師匠を倒しての優勝を果たす2013年
2012年12月29日から唐津競艇場で開催された一般戦ながらも唐津のスターレーサー達が集うレースだったことから、実質G1クラスの戦いとも言えた第53回佐賀県選手権で優勝戦へコマを進め、2013年1月3日には1号艇に師匠の峰竜太、2号艇に唐津の重鎮深川真二を相手に4号艇出場ながらまくりで優勝を手にしました。
この年はG3優勝2回、一般戦2回の優勝を納めました。
重賞タイトルに手が届かない
A1から降格をすることは無く、優勝は重ねるもののG1以上のタイトルにはどうしても手が届かないまま、2014年、2015年、2016年の3年間はあっという間に過ぎてしまい、いずれも毎年優勝はしていましたが、その数を減らし挫折とまでは言わないものの少しモヤモヤするような時期を過ごします。
G2初優勝を手にした2017年
2017年6月13日から常滑競艇場で開催されたG2モーターボート大賞~白熱次世代選手権~では初のG2優勝を手にしました。
1号艇1コース、堂々の逃げの勝利は非常に見事なものとなりました。
悲願のG1優勝を果たす2018年
前年、モーターボート大賞を優勝したことでSG・ボートレースクラシック出場権を獲得したのですが、2018年2月4日のボートレースびわこにおける登録票不携行により、SG出場を取り消されるという最悪なスタートとなった2018年でしたが、年末に遂に大金星を手にします。
2018年12月10日から唐津競艇場で開催されたG1ダイヤモンドカップにてついに悲願のG1初優勝を手にしました。
師匠の峰竜太が5号艇に出走していましたが、1号艇1コースできっちりと逃げを決め、レース後に峰竜太と抱き合って喜ぶ姿はとても印象的でした。
また、この年、峰竜太は年末のグランプリで優勝し年間賞金王を記録する等、師弟ともに実りある一年となりました。
まとめ
事故や不良航法、出場停止処分などによって苦い経験をしてきた山田康二ですが、ダイヤモンドカップ優勝によって、その強さが本物であることを魅せつけた事で、ファンからは更なる飛躍が期待されています。
2019年1月時点では元日から開催された第59回佐賀県選手権では6勝を記録し優出、優勝戦では1号艇からの出走をしましたが、師匠の峰竜太にまくられて優勝を逃しています。
次の目標はSG優勝だと思うので、2019年には期待大の選手だと思います。